メディアから、噓を暴き立てる検察力を毎日見せつけさせられている。
きちんとした証拠固めが行われていれば、現在のように時間がかかるわけではないだろう。毎日、毎日、噓をついているかが問われ、水掛け論のような憶測話にコメンテーターは翻弄されている。
噓は100%いけない。建前としてね。。
ただ、昔から「噓も方便」という言葉があるほど、噓にもランクがあろうというもの。
すべて不信に落とされてしまう噓に、長々とした中間報告は要らない。
子どもたちが、初めて食す旨いものを「騙されたと思って、一度食べてごらん?」と言い、口に入れさせ、評価を聞く・・ということの大切さ(自分で判断を下す)も必要なのである。
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